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現在の“家族”に至るまで 〜私の向かいたい方向〜

  • 執筆者の写真: shinkakaradakokoro
    shinkakaradakokoro
  • 2020年8月11日
  • 読了時間: 2分

 夫に主婦とは呼べない…と言われてまでも、


【私が向かいたい方向とは☆】

・子どもがパパのことを大好きになってほしい。

・夫婦で子育てをする。

・夫婦で家事をする。

・妻だけが忙しそうに動きまわる家族にはなりたくない。

・私がいつ死んでも大丈夫な家族にしたい。

・子どもが求めるときに、自分の手を止めて、子どもと目線を合わせて向き合いたい。

・子どもと遊ぶ、子どもと一緒にいる(ただ同じ空間にいるというだけではなく、子どもに心を向けて一緒にいる)人が、夫婦のどちらか一人はいるようにしたい。

・家族みんなが、子どものために、家族のために、自分のことを犠牲にしたと思う人生にはしたくない。


 私の思いだけではなく、夫ともどんな家族にしたいのかということは、定期的に何度も話してきましたし、現在も話しています。


 結婚した当初は、私の話をろくに聞いてくれず、話を流され、返事もされないことが多く、私の向かいたい家族の方向性に向かう気持ちが強くなっていきました。

 最近は、修正を加えるところがあるか、を定期的にちょっとした会話で確認しています。


 結婚した当初、夫は疲れて帰ってくることが多く、俺は家族のために働いているなどなど...自分を犠牲にしている感じが強く、夫に、「仕事していて楽しい?」と何度も聞いたことがありました。「やりたくないんだったらやめたら?本当にやりたいことがあって努力できるんだったら、今の仕事をやめて新しい仕事をやったら?」と言ったことが何度もあります。「全然やめてもいいよ。私が代わりに働くから。」と何度も言いましたが、現在も辞めずに働いています。

 

 そして、以前より、家族の犠牲になっている感じがなくなりました。表情や表現から、「家族のために働いている」という前向きな考えに変わったことが伝わってきます。

 だから、私の気持ちとしては、以前と同じで、夫にはいつ仕事をやめてもらってもいいんですが、その言葉を伝えることがなくなりました。

 

 万が一、夫が突然、仕事を辞めて、家庭のことを担うようになったとしても、金銭の管理以外は、とりあえず私が心配することはないと感じています☆


 私の考えとしては、主に働くのが夫婦のどちらでもいい、家事や育児もどちらが主に担ってもいい。ただ・・・家族の中に、自分の犠牲の上に家族の幸せが成り立っていると考える人や、自分ばかりが働いている・・・と虚しくなる人がいない状況にしたいと思っています。それは、私自身も含めて。

 

 私のこのような考えは、『子どもの頃の記憶』や、『今までの夫の言動』などからきていると思います。


次回に続きます☆


 
 
 

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